よおーく、考えてごらん。
おはようございます。
久留米のじじいであります。
台風が過ぎて花がなくなった。
虫も見当たらない。
写真が撮れなくなった。
子供のころ、家でも学校でも
何度も言われた。
でも、本当に考えたのか
今でもわからん。
***
家人「今度の、台風停電しなくて
良かったなあ」
私「うん、良かった、ホッとした」
強い台風で、停電は避けられんと思っていた。
停電した所の地域の人にはスマンと思う。
メダカが心配だった。
停電すると、水槽に酸素を送り込む泡ぷくが
途絶える。
まあ、一日ぐらいはなくても大丈夫かと
思っていた。
去年の、関東を襲った台風は、停電が長かった
記憶がある。
その当時は、台風がいつも通る九州の電力会社と
ほとんど台風が通らない関東の電力会社の
経験の差だと考えた。
泡ぶくのことを何度も心配した。
家人「最悪の場合はあんたが自転車の
空気入れで泡ぷくを入れれば良いよ」
私「ん、なかなか、ユニークな方法だなあ」
家人「何かのコマーシャルでは、足踏みの
自転車で発電していたよ」
ここ方法は良いのだが、真っ暗闇の中で
自転車の空気入れを、エッチラオッチラ
操作しなくてはならない。
とんだ重労働で、体力勝負になる。
これは、たまらんことだ。
メダカには悪いが、だんまりを決めた。
「沈黙は金」だと聞いているからね。
***
体力が落ちないように歩いている。
家のまわりを15周。
更に室内で15センチの高さのステップ台を
使って上がったり下りたりを100回
繰り返している。
最近は、人間の老化は脳みそからではなく
足腰の衰えから来るのではないかと
思っている。
***
人間は、定住する以前は、食物を得るために
移動していた。
おそらく、女性は子供をつれて、食べられるものを
探しながらの移動であった。
一日に10km、もっと少なく5kmだったかも
しれない。
ピクニック程度かも。
この歩くことが、体つくりの基本ではないだろうか。
古代からの遺伝子がそう出来上がっている。
歩きながら、食べ物を探す。
どこにあるのか考える。
その時、親は子供にたずねる。
どこにあるんだろうね。
あっちの方か、こっちの方か。
季節によっても異なる。
親は、「よおーく考えてごらん」と言った。
子供は、そう言う言葉で覚えていった。
歩きながらの、学習。
命をつなぐための勉強。
その後の時代に、麦米雑穀の栽培が始まる。
人は、定住した。
農耕が始まった。
多くの人手が必要になった。
***
集団生活が始まった。
おっかさん達が、ワイワイガヤガヤと
話すがまとまらない。
長老が決定する。
物事の判断を下す。
子供たちをまとめて、同一のことを教える。
そこで学校の原型が生まれた。
学習の内容は、麦米雑穀の育て方
家畜の育て方など。
わかったかね。
もっと「よおーく考えてごらん」
教えることの、常套語になった。
おっかさん達も賢い。
この教え方を見習った。
「よおーく考えてごらん」を使った。
この言葉は今も多用されている。
この言葉は歴史が古い。
では、また明日。
少し涼しくなりました。
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