御年78才夫婦の暮らしは面白いに決まっちょる。

暮らしのこと,花や庭木,感じたこと,雑文ブログ。

足あと。

おはようございます。
久留米のじじいであります。
 
本日は72候、秋分の次候です。
もう忘れ気味です。
 
蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)
 
冬に向けて準備を、ということでしょうか。 
 
 

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猫の足あと。
そのままで、上がってくるから
廊下がザラザラで困る。
 
家人は、家庭用のモップで
毎日、何回も掃除をしている。
 
猫に靴やサンダルを、履かせればと
一瞬考えたが。
 
考えをすぐに取りやめた。
 
やつは、足が4本。
足2本の自分が、履いたり
脱いだりすることに、まどろっこしい。
 
足が4本ならと尚更だと考えて
思考を停止した。
 
 
 
思考の足あと。
ブログに、雑文を書いている。
書いたら、誰かが読んでくださる。
 
そんな、甘い気持ちの自分がいる。
 
決定的な、テーマがない。
だから雑文であるが、自由で良いようだが
なかなかである。
 
何を書いて良いかが、浮かんでこない。
まあ、年のせいでもあるなと、じゅうぶん
認識はしている。
 
 
外山滋比古という作家は、94才で現役。
佐藤愛子という作家も、93才で現役。
これを知って、年のせいとは言えないのでは。
 
あの人たちは、文を書くことは商売だとは思うが。
よくぞ、書き物をする手に、苔が生えないものだ。
ぶるぶると、手がふるえないものだと感心した。
 
この方たちの、本は読んでいない。
20数年も先輩だから、ワシが90才ほどになって
読んで丁度良いかもしれんと、思っている。
 
まあ、人のことより自分のことが、大事であるが。
 
90才過ぎまで、このブログが続けられたらと
考えると、自分としては偉大な足あとになるのだが。
 
 
 
距離のある足あと。
苦しみながらの雑文ではあるが、ほぼ毎日書いている。
 
傾向というものが、生まれて来ているよう。
最近気づいた。
 
自分の体を中心にして、書いている内容に
距離感が存在する。
 
まず、自分のことだけを書いている。
これは、もちろん距離感は、ゼロ。
 
次には、暮らしている相棒のこと、伴侶ともいう。
上品に言うと、パートナもしくは奥様。
 
これが聞こえたら、きっと笑うだろう。
もしくは、ゾワゾワするというかも。
 
書いたワシも似合わないと思う。
 
だから、このブログでは、家人と書いている。
老人と老人の会話で、略して老老会話。
 
少し前だったら、お母さんがぴったりだった。
子供たちが育ち上がって、言葉が合わなくなった。
 
 
 
その次は、家のまわりの花、木、虫たち。
写真に撮る。
 
育ててみる。
失敗する。
 
あきずに、繰り返している。
家人は、あきれている。
 
オタオタしながらも、季節を感じている。
それで、やめられない。
 
 
 
もっと広がってご近所や、友達とのおつきあい。
大きな、暮らしの在り方が見える。
 
暖かい心の交流。
挨拶が交わせる交流。
 
 
 
もっと、もっと大きい距離。
ブログの世間様。
いいや、これは距離を克服しているね。
 
 
外山滋比古さんの言葉に
 
老人が自分の頭で考えて、活力を持ち
元気でその日を過ごせば、それだけで
大きな社会貢献です。
 
とあった。
 
そうなんだと共感した。
 
うむ、この雑文が出来上がれば
ワシは、社会貢献をしたことになる。
 
そう思いました。
 
では、また明日。 
 
 
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