御年78才夫婦の暮らしは面白いに決まっちょる。

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不時不食、今が旬。

久留米じいじです。 
 

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「不時不食
昨日、野菜の話しをしている時に
この言葉を、ふっと思い出した。
 
 
「森からの手紙」田淵義雄
この本に書いてあった。
あとがきは1985年。
 
 
44年前とは34才のころ会社で
中堅、一番忙しかった頃である。
 
 
仕事は逃げ出す、ことが出来ない。
せめて出来ることは、本の世界に
逃げ出していた。
 
 
通勤時間、片道40分。
自分の世界。
 
 
「ウォールデンの森の生活」
「一人だけのウィルダーネス」
 
 
「黒姫通信」C・ W・ニコル
八ヶ岳の森から」加藤則芳
 
 
などなど、自然の山暮らしの本を
好んで読んでいた。
 
 
束の間の、現実逃避、あこがれ
だった。
 
 
いま、「森からの手紙」を開き
改めて、不時不食の項を読んだ。
 
 
安くなった旬の作物を食べて
いるのがとにかく、健康に良い。
 
 
自然のサイクルは、そのように
出来ている。
 
 
それが、食生活の原理だと
やっぱり思う。
 
 
人間以外の野生動物は
みんな不時不食健康なんだ。
 
 
そう書いてある。
 
 
自分で畑を耕して野菜を育てる。
 
 
自然のものを食べる、山菜など。
 
 
ため息混じりでいいなあ。
読むたびにそう思った。
 
 
仕事のきつさを、ひととき
忘れてしまう。
 
 
当時、読んだ本の自然の中での
暮らしが、意識の中に残った。
 
 
山菜採り、山歩き、毛バリ釣。
休日に暇と言う時間を作る。
 
 
自然の中に、自分を置く。
こうすることで、仕事のきつさを
乗り越えられた。
 

会社勤めが、終わり退職。
挑戦したのが、畑の野菜作り。
 
 
当時、読んだ本のあこがれが
後を引いている。
 

ここ数日、まわりからの野菜の
贈り物が続いた。
有り難いことだ。
 

家人と話した「夏野菜の旬だな」
 
 

「森からの便り」を、思い出し
「不時不食」の意味も分かった。
 
 
あれから40年か、記憶も薄れ
かかる。
 
 
年を取りたくないね。
 

今はもう、「旬」と言う言葉が
無くなりつつある。
 

スーパーには、年中切れ間なく
野菜はある。
 

鮮魚のコーナーには、外国から
集められたものまである。
 

そのうちに「旬」を味あうのは
金持ちだけになるか、と思った。 
 
 
ここらには、生産者の方もいる
野菜作りの友達もいる。
 
 
いまのうちに、たらふく「旬」を
いただこうと、家人と話した。
 
 
 
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